いつの日かマリヤと行った東京日記

親友マリヤと突然東京に行くことになった。

マリヤから言い出した。東京にかけちゃんってゆう友達が居て、みらんも一緒に会いに行こうと誘われて、その時はなぜか私も気軽に東京行けるくらいのお金を持っていたのですぐに良いね、行こうと返事した。思い返せば私はマリヤからの誘いを断ったことは無い気がする。それに比べて私からの誘いをマリヤは結構な頻度で断っている。 、、

ライブ以外で東京に行くことは2回目で、1回目は高校卒業する少し前に友達と2人でディズニーランドに行ってついでに少し東京観光をしたけど、2人とも詳しくなくて、(もしかしてこれが表参道?)とか、(これが竹下通り?)とか(これが浅草なのかー)とかいかにも田舎者な感想ばかりだったように記憶してる。その点、マリヤは東京行くことに慣れてるのかは分からないけど、慣れてそうなイメージがあったし、いわゆる観光地巡りで行くのではなく、会いたい人がたくさんいるから行こうとのことだったので、あまり東京を恐れずに行ける気がした。

 交通手段は専ら'その時1番安い夜行バス'しかない。人によっては夜行バスは寝れないし腰が痛くなるししんどいから、それなら少し高いお金を払って新幹線や飛行機で行きたいと思うかもしれないが、私たちは全く気にしない。それは若さゆえかもしれないが、出来る限り出費を抑えれるなら自分の体は犠牲にしても良いという考えがあるからだ。お互いその考えを言葉にして確かめ合わなくても通じ合えているところが非常に良い関係だと思う。

夜行バスは三宮(三宮と三ノ宮があるけれど、私は三宮の表記の方がスマートで好き。ゲシュタルト崩壊しそうになったわ今。)から乗ることにした。理由はその日の夜、ふたりで三宮で観たいライブがあったから。ライブは'やばい'という言葉が似合う楽しさだった。お酒を結構飲んだ気がする。そしてマリヤはその日、初めてタバコを吸った。それくらい酔っていた。襟が大きくて、全身黒くてかっこいい服を着ていて、何より顔が整っているから、タバコがとても似合うなあと思った。初めて吸ったにしてはまあまあ貫禄があった。マリヤはえーん、分かんない、これは吸えてるの?って言いながらも、私は、この子絶対タバコハマっていくだろうなと思った。その時私はもう既にきっちり喫煙者だったので、親友がタバコに共感してくれるのは嬉しかった。

そうしていると夜行バスの乗車時間が迫り、私とマリヤはヘロヘロしながらも、(酔っているのがバレたらバスに乗せてくれないかも)と思っていたので、チケットを運転手に見せる時は、体の全てを黙り込ませてかなりスムーズに乗車した。夜行バスの中はいつだって暗くて、不穏な空気があるし、ほかの乗客は誰もが優しい人に見えない。それはマリヤがいても感じることなのだなあと思った。1番後ろの角の席をとってあったので、静かに座った。座ったらもう寝るしか無い。私はいつでもどこでも寝れる質なので、東京に着くまでずっと寝ていられる自信があった。その自信通り、私は時々止まるサービスエリアで何度か目を覚ますことはあったけど、ほとんど寝ていた。マリヤはよく眠れなかったらしい。辛かっただろうな。とだけ思った。東京は池袋に着いた。かけちゃんの家は祐天寺なので少し電車に乗らないといけない。朝特有の寒さなのだろうけど、いつも東京に着く時は朝なので、肌寒さを感じると、あー、来た、東京だ。ってなる。

祐天寺までは複雑だったような気もするし、意外とすんなり行けた気もする。とにかく私は早く落ち着きたい、という一心で向かった。駅でかけちゃんが待ってくれている、とマリヤが言うので、私はかけちゃんの見た目を想像した。マリヤ曰く、かけちゃんはかけちゃんらしい。どんな人と聞かれても、かけちゃんはかけちゃんで、他のなんにも例えようがない、らしい。男の人で、年は私たちより1つ上とだけ教えてくれた。私は渋い髭が生えたかっこいい男の人を想像した。なんとなく、そうだったら、そんな男の人の家に泊まれたら、ちょっとドキドキして嬉しいなというのがあったからだと思う。でも待っていたのは、じゃがいもみたいな、ごろっとした背の低い男の子だった。むむむ、となった。少しでも期待するのは良くないことだとその時悟った。かけちゃんは、初めて会うのにおはよ〜(って言ったか覚えてないけど、そんなのどかな雰囲気)と簡単に挨拶をしてスタスタっと家に向かった。かけちゃんはかけちゃん。その意味がその時からなんとなく分かってきた。正直知らない男の人の家に泊まるのは少し抵抗があったので、かけちゃんを人目見てホッとした。それから今回の二泊三日の東京生活が楽しみになってきた。祐天寺駅から家まではそんなに遠くなくて、歩いて5分以上10分未満くらい。だからまあ、7.8分かな。いつだってある点からある点までの時間を表現するのは難しい。それはその人の感覚でしかないし。私の感覚は7.8分ってところ。広くて芳しくて寂しいエントランスがあるマンションの3階にかけちゃんの部屋があった。1Kの狭い部屋。それでも男の人にしてはとても清潔な部屋だった。インテリアは白で統一されていて、窮屈な感じはしなかった。朝日の眩しさが綺麗だった。かけちゃんはすぐにお香を焚いた。お香を日常的に焚く人を私は初めて見た。じゃがいもな見た目にしては先ほどからセンスが良い。なるほど、そーゆーところでマリヤとかけちゃんは繋がったのか、と思った。そして、なんか飲む?ってかけちゃんが言ってきたので、飲むって答えたら、いかにも体に悪そうな緑色の飲み物が出てきた。てっきり水かお茶が出てくると思ったから、なにこれ!と大きい声が出た。かけちゃんは変わらない調子で、これ、メロンリキュール、と言った。ふむふむ、だからこんなにかき氷のメロン味のシロップの匂いがするのか、へえ、こんなものがあるんだ、と私は最初呑気に思ったが、いや待てよ、こんな朝っぱらから初対面の人に酒出すか?とすぐになった。かけちゃんはかけちゃん。マリヤはそれをよく理解していたから、この事態になんの反応も示さなかった。私は、メロンリキュールを飲んだ。甘かった。まさにかき氷のメロン味のシロップをそのまま飲んでいるみたいだった。飲んだら途端に喉が渇いたので、普通に水道水をもらった。水はいつでも美味しいので、喉が渇いている時は尚更。それから、お腹を空かせた私たちに、かけちゃんはサトウのごはんと、何やら炊飯器で作った豚と白菜の蒸したものを出してくれた。凝った味はしなかったけど、妙に美味くて、マリヤと感動した。そうそう、かけちゃんは料理人志望で、表参道にあるレストランで見習いみたいなかんじで働いているらしい、すごいし、偉い。朝ごはんを食べ終え、私とマリヤはベランダでタバコを吸った。その頃にはマリヤがタバコを吸う姿はとても様になっていた。かけちゃんは吸わないの?と聞いたら、普段は吸わないけど、んーちょっと吸おうかなと言うので3人でぎゅうぎゅうになりながら一服した。灰皿が無くて、急遽私はペットボトルを半分に切って、上半分を逆さまにして下半分に重ねた。そしてそこに水を少しばかり入れた、簡易灰皿を作った。マリヤは天才じゃん、と褒めてくれた。かけちゃんはなんだこれ、というようなかんじだった。私的には商品化しても良いくらいの出来だったので、かけちゃんがなんで褒めてくれないのか、分からなかったし、むっとした。

そういえば、私は今日からの3日間の予定をマリヤに任せていて、詳しく聞いていなかったのだが、どうやら午後からマリヤは撮影があるらしい。美人はどこでも忙しい。私もかけちゃんも暇なので撮影に同行することにした。どこの駅だったか忘れたけど、家から微妙な距離の場所で待ち合わせだったのでタクシーで行くことにした。タクシーは綺麗な川沿いを走った。ここでお花見したいねー、なんて言いながら呆気なく通り過ぎてすぐに待ち合わせ場所に着いた。こちらもあちらも着いているのに、中々見当たらず、聞けば初めて会う人だから見た目が分からないらしい。マリヤはのうのうとしている。私はこーゆーとき必ず心配になってしまう。ほんとうにここで合っているのか。私たちは騙されてないか、など、悪いことばかり考えてしまう。かけちゃんも焦ったらしいけど、そうこうしているうちに、相手の女性が私たちを見つけてくれた。安心した。小柄な可愛らしい女性で、少しおどおどしていた。私たちと会話を弾ませようとしているのだが、それはきっと私たちを知りたいからではなく、良い写真を撮るためなんだろうなというように一生懸命喋っていた。悪い気はしなかったし、可愛かったから、私もほのぼの笑顔になった。東京の都会の街を散歩しながらいろんな写真を撮っていった。モデル慣れをしているマリヤはどんなところでも器用に顔を作り、ポーズをとった。マリヤは絵になる。それでもマリヤは建築家志望でモデルはあくまでお小遣い稼ぎというスタイルが私は好き。私とかけちゃんはそれを微笑ましく見守りつつ、時々2人で真似をしたりしてふざけた。そういえば、かけちゃんとその日初めて会ったことなどとっくに忘れていた。1時間ほどで撮影は終わって、お別れをしてからお腹が空いたので、近くのかけちゃんオススメのパスタ屋さんに行った。種類が豊富で中々決められなかった。結局たらこパスタにした。どうやってその決断に至ったのかは忘れた。すぐにそれぞれ頼んだパスタが出てきた。木製の丸みがかったお皿にこじんまりパスタが乗っていた。お皿との一体感が無くて、ぽつんと座らされているようだったので、なんか可哀想に感じて、私は大盛りにすれば良かったかなと思った。パスタは思ったよりねっとりしていて美味しかった。あっという間に平らげた。3人ともすごいスピードで食べ終えたので、特に喋ったりすることなく、店を出た。店からかけちゃんの家までは歩いて帰った。どれくらい距離があるのか私もマリヤも分からなかったので、歩くことになんとも思わなかったけど、随分歩いても家に近づいている気配がしなくて、そのうちなんで歩こうって言ったの?とかけちゃんを攻めた。かけちゃんは攻めても攻めごたえが無い。えへへーとあっさり流されてしまう。それどころか、家具屋を見つけては、あーゆーテーブルが欲しいんだよなーとか陽気な顔で言っていた。途中、私とマリヤですんごい爆笑した記憶があるのだが、なんであんなに爆笑したのか思い出せなくてもどかしい。なにせ笑っていたら唐突にかけちゃん家が現れた。びっくりした。それまでは大通りを歩いていたはずなのに急にかけちゃん家になったので、すごいなー、道ってちゃんと繋がっているのだなあと感心した。夜までは、また3人ベランダでタバコを吸ったり、かけちゃんのおすすめレコードを聴いたりして時間を過ごした。

夜は、高円寺で谷さんと会うことになっていた。谷さんはちょっと前まで神戸にいて、プププランドというバンドのドラムをしていた人。今は東京で仕事をしている。私もマリヤもプププランドが好きで繋がったようなもんで、私は谷さんに少しばかり音楽のことでお世話になっていたから久しぶりに会えるのを楽しみにしていた。ただ、谷さんとはライブハウス以外で会ったことがなかったので、なんで私も誘ったのか、なんで谷さんも引き受けてくれたのか、ちょっと謎。だけど私はマリヤがそばに居てくれたら安心していろんなことを話せるので、やっぱり楽しみにしていた。高円寺は初めて行った。なんというか、イメージ通りだった。おそらく、万人が想像する高円寺がそこにはあって、ああ、高円寺に来たんだな、と感じるだけで、特別テンションが上がったりはしなかった。谷さんは少し遅れて来て、久しぶりに会ったけど、なんにも変わってなかった。小さいぼさっとした男の人。私とマリヤと谷さん、どこに行くか決めてなかったけど、3人で少し歩いてなんとなく汚い中華屋さんに入った。私とマリヤはハイボール大好き人間なので、迷いなくハイボールを頼んで、谷さんはホッピーを頼んだ。私の中で、ホッピーは、石崎ひゅーいの僕だけの楽園という歌の歌詞に出てくるホッピーしか聞いたことなくて、それが実際どんなものなのか知らなかったので、これがホッピーか!となった。それから谷さんにホッピーとビールの違いを聞いた。ホッピーの方が安いらしい。へぇー、じゃあ、これからビール飲みたい時はホッピーでいいや、と簡単に思った。3人で他愛もない話をしながら、時々谷さんは私の持っていたキャメルをもらっていた。私は人に自分のタバコをあげるのに抵抗が無く、むしろあげたいと思う。自分のお気に入りの味を共有できるのが嬉しいから。1時間くらいで店を出て、2軒目に行くことにした。(この後、3軒目も行くのだが、全部谷さんがお金を出してくれた。申し訳なかった。)マリヤは昨日に引き続きけっこう酔っ払っていた。私と谷さんはほろ酔いくらい。餃子が食べたくなって(さっきの中華屋で頼めば良かったのに。)名前は忘れたけど、餃子の王将みたいな、関西には無いチェーン店に行った。店の中がいやに明るくて鏡も多くてソワソワした。私はお酒を飲む時は極力暗い場所を好む。なんだか明るい場所で人と面と向かって話すのは慣れない。鏡で自分の顔を見たら思ったより赤くて恥ずかしくなった。それからその日はマリヤとお揃いで、かけちゃんに借りたニット帽を被っていて、普段ニット帽なんか被らないのに東京にいるからって変なテンションで被ってきたことを後悔した。とても自分の顔が大きく、おかしく見えた。3人ともハイボールを注文して、餃子と、あと何食べる?ってなった時、マリヤが勢いよく、これと、これと、これと、、って次々に炒め物を指差すので、谷さんはよく食べるのねえ、といつもの声の調子で言っていたけど、若干引いていたに違いない。私はマリヤのそういうなんの気遣いもないところが好きだ。出てきた品は全部食べれた。お酒があると、どんどん食べれるのが怖い。そこでもまた他愛もない話をしたけど、いつしかマリヤの恋愛、家族事情の話になっていった。マリヤの事情はけっこう深かったりする。それは初めてマリヤと会った日に、すごく悲しい青い目をしていたから、いろんな話を聞いて驚いたりはしない。ただ、私には分かる部分もあれば、一生分かってあげることのできない部分があるなあと感じる。谷さんも私たちより10コ年が上だけれど、分かってあげることは出来ないことを分かっているので、丁寧にマリヤの話を聞いてあげていた。谷さんは聞き上手。その日だけでマリヤのこれまでの人生、映画一本、いや、二本作れるくらい聞いた。3軒目は喫茶店に行った。レコードがたくさん置いてあり、流れている、お洒落だけどちょっと全体が赤みがかっていて不気味なところ。そこで甘いカクテルやらを飲みながら、マリヤは谷さんに人生相談をしていた。谷さんに人生相談するのは間違っていると私は思ったので、会話から外れ、店の中をぐるぐるしていた。多分、マリヤは自分のことを話すのに疲れて、聞き上手の谷さんもさすがに聞くことに疲れた頃に終電の時間がきて、お別れをした。なんだかモヤモヤっとした時間だった。元気そうで何よりだった、という感想が私の中でしっくりきた。かけちゃん家に帰ったら、とても疲れていることに気がつく。このまま寝ても良いと思ったが、なんとまあマリヤがお腹空いたと言い出したので、私も酔っていたしなんかその気になってきて米とか麺とか、よく覚えてないけど、炭水化物を大口で食べた。果てるように寝た。

次の日は私とマリヤとかけちゃんの3人で下北沢に出かけに行った。私はかけちゃんの持ってるパーカーが可愛かったので借りて着た。マリヤはデニム生地のワンピースを着ていて、清楚で華があって可愛かった。かけちゃんは何を着るか迷っていたけど、何を着てもかけちゃんはかけちゃんなので、私とマリヤは、かけちゃんが、ねえ、これ、どう?とか聞いてきても、良いんじゃない?というように冷たくあしらった。かけちゃんはかけちゃん。が、良くないように扱われることもあるのね、とさらっと思った。

下北沢で古着をたくさん見て回った後、列を成していたクレープ屋さんが目に入り、私とマリヤはクレープを買って食べた。かけちゃんは近くのお店でなんだかよく分からないサンドイッチ的なものを買って食べていた。かけちゃんがその時写真を撮ってくれたのだが、後から見返したら2人とも顔がパンパンだった。

その後も下北沢をてきとーに歩いていたのだが、ずっとかけちゃんは喋っていた。私とマリヤはそろそろ鬱陶しくなってきた。今思い返せば、東京に来た私たちを泊めてくれて、いろいろと付き合ってくれているのに、鬱陶しいと思うなど失礼しているのだが、とてもタバコが吸いたい、とふつふつしてきたのだ。そして3人でとあるレコード屋に入った時、私とマリヤはそっと目を合わせて、かけちゃんに気付かれないよう店を出て、それから逃げるように喫煙所を探した。驚くことに東京には全然喫煙所が無い。コンビニにも無いならどこに行けばいいんだ、とお互い顔をしかめてとりあえず歩いて少し下北沢の中心部から抜けて、坂があったので登ると、カレー屋があり、その店の前に灰皿を発見した。発見した時、久しぶりに達成感というものを味わえた。そしてタバコもいつもより何倍も美味しく味わえた。ふたりでとても満足して少し周辺を散歩した。気付くととある教会の敷地内にいた。夕日がマリヤの横顔を照らしていて、あったかくて綺麗だったので思わずスマホで写真を撮った。マリヤは昨日のモデルをしていた時の表情にすぐ切り替わった。何枚か撮ったけど1枚目が1番綺麗だったように思う。そろそろかけちゃんのことが可哀想になってきたので、私たちは来た道を素直に戻った。戻れたのでよかったけれど、今思うとあのカレー屋も教会も、とにかくその周辺は誰も居なくて、不気味だった。幻だったかもしれない。千と千尋の神隠しに出てくる、千尋の親がばくばく食べて豚になってしまう商店街の雰囲気と似てたし。。ぞっ。その後、かけちゃんとはすぐに会えて、何してたの?ってちょっと不満そうに聞かれたけど、私たちはうーんと、ちょっとタバコ行ってたの!と元気に答えた。さすがのかけちゃんでも知らないうちに置いてけぼりにされるのは嫌だったらしい。ごめんね、と心の中で謝った。祐天寺に帰って夜はみんなで町中華を食べに行った。狭くて古くて汚くて、老夫婦がやってる本気の町中華。各々定食を頼んだのは良いが、量がとてつもなかった。ドーンって文字が周りに見えるくらい。仕方がない、私はハイボールを頼んで満腹中枢を麻痺させ、平らげた。かけちゃんは小太りなので一見たくさん食べるように見えるが、胃のサイズは一般的らしく、苦しみながらも食べていた。マリヤは昨日に比べ、すぐにお腹いっぱいになって少し残していた。苦しかったけれど、味は濃くて全体的にどろっとしているかんじがとても美味しかった。また行きたい、と思った。その後、3人は缶チューハイで酔っ払い、スキップなどして家に帰る途中、猛烈にカラオケに行きたくなり、駅前のカラオケにそそくさと入った。受付は、カラオケなのにシーンとしていてひとり40代くらいの男性店員が対応してくれた。店員は私たちが酔っ払っていることに呆れているようだった。だが、こっちはそんなことお構いなしなので雑に渡された用紙に個人情報を書き渡し、案内された部屋に入った。途端に私たちは騒いだ。細かくは思い出せないけれど、ネオンが輝く空間の中で、尾崎豊など熱唱したのがピークだったように感じる。私とマリヤはもっと歌いたかったけど、かけちゃんが眠そうでしんどそうだったので2時間ほどで帰ることにした。帰ってからかけちゃんはじゃがいもが床にごろんと転がるように寝た。私とマリヤはなんと、お腹が空いたので、近くのファミレスまで行き、テイクアウトでデリバリーセットを買って家でモサモサと食べた。いけないことをしているような気がする、と思ったが、それが心地よかった。普段、私もマリヤもわりと厳しい家庭環境にいるので、解き放たれたこの瞬間を頬張った。満足して寝ようとするのだが、その日は寒くて、全然眠れなかった。1つしかない掛け布団をかけちゃんが占領していたので、私もマリヤも部屋にある服を重ね着しまくったのだが、足先はどうにも冷たいままだった。寒さに耐えて耐えてようやく朝が来た時、マリヤの様子が変だった。私は寝ぼけていたのでぼんやりと遠くから聞こえるマリヤとかけちゃんの声になんとか耳を傾けた。どうやら、マリヤの左目が開かないらしい。東京に来た時から左目が少し痛いとは言っていたものの、私は目を痛めた経験が今まで無かったので、軽く大丈夫?と心配する程度だった。が、今朝になって左目が開かなくなったので、かけちゃんが本気で心配してマリヤを病院に連れて行った。私はその間、一人で快適に寝た。2人は帰ってくると、とても深刻そうな重たい表情をしていたので、私はマリヤの眼帯に覆われた左目がどんなふうになっているのか見せてもらった。マリヤの左目は3秒も見れなかった。それは3秒も目を開くことが出来ないという理由と、ひどく充血していて、白目の部分が見当たらず、怖くて3秒も私が見ていられなかったという理由で。マリヤの目、どうなっちゃうんだろう、あの悲しくて青い目はもう見れなくなるのか、と不安になった。目がそんなふうになった原因はコンタクトのせいらしい。マリヤの目はほんとうはコンタクトに向いてないのにずっと付けていたから目が呼吸出来なくなって炎症を起こしているというようなことだった。病院の先生から、目がかわいそうだよと言われたらしく、マリヤはとても落ち込んでいた。ほんとは東京最終日の今日、花月ちゃんという子と会うことになっていて、マリヤも会いたがっていたのに、こんなんじゃあ行けない、とおろおろ嘆いていた。仕方がないので、マリヤは帰りの夜行バスまでかけちゃん家でゆっくりして、私は花月ちゃんに会いに行った。

花月ちゃんは東京でバンドをやっている私よりも3つ上の女の子。花月ちゃんと会うのは2回目で、1回目は大阪でライブが一緒になったのがきっかけで、その日私が話しかけ、意気投合し、東京に来たタイミングでまたもや私が会いたいとラブコールを送ったらタイミングよく会えることになった。場所は高円寺だった。まさかの高円寺2回目。だけれど、一昨日行った高円寺とはまるで違って、花月ちゃんの案内してくれる高円寺は上品だった。ちゃんと喋ったことなかったので少しドキドキしていたけど、花月ちゃんの声の調子は落ち着いていて無機質な感じが良くて、すんなり喋れた。花月ちゃんのよく行く古着屋を見て回って、とある古着屋で、私はセルリアンブルーのコートに一目惚れして購入した。昔からセルリアンブルーに目がない。緑と青が混ざった派手で気品のある色。好きな色だけど身に纏ったことはなかったので試着してその派手さに負けそうになったけど、負けるもんか、私が着てやる!と少々強引にお金を払った。多分私はその時マリヤが着ていた深緑色のコートが羨ましかったのだと思う。花月ちゃんは白いトップスを2着ほど買っていた。2人とも少し鼻高々になりながら、タイ料理屋に入った。花月ちゃんは何度か来たことがあるらしい。私はなんでも食べれるしなんでも食べたいので、注文をほとんど任せた。エスニック料理はハマれば抜群に美味しい。東京最後の晩餐に当たりを引いたと思った。私は考え無しにいろんな質問したが、花月ちゃんはとても丁寧に答えてくれた。彼女から出てくる言葉は時に軽く、時に重く、やっぱり私よりも少し経験を積んでいて、お姉さんなのだなと感じた。でも無邪気というか野性的な部分は結構あって、とにかく今度富士急行こうねとなって、お別れをした。またすぐライブで会える予定があったのでさっぱりと別れることが出来た。私は買ったばかりのコートを着て、祐天寺に戻った。駅に着くとマリヤとかけちゃんが帰りの荷物を持ってこちらに歩いてきていた。先ほどよりマリヤが元気そうだったので安心した。マリヤはすぐさま私のコートを褒めてくれた。左目は眼帯をしていたので右目を半分開かせて、表情に似合わない高い声で、それは買いだね!いいなぁ。と。私は非常に気分が良くなった。帰りの夜行バスは新宿から乗ることになっていて、祐天寺でかけちゃんとお別れをした。あっさりしていた。最後まで、かけちゃんはかけちゃん。だった。その時は、マリヤもマリヤ。みらんもみらん。だから、また3人は3人で会えるよね、といった調子で簡潔にさよならした。

マリヤは終始半目で辛そうだったけど、マリヤにしては弱音を吐かずしっかり歩いていた。バスが来るまで近くの焼き鳥屋で少しつまみながらその日最後のタバコを吸った。眼帯をしながらタバコを吸う女の光景に見慣れなかったので、変な気持ちになって、帰りたくなった。あんなにも家庭からの解放を満喫していたのに、帰る頃にはちゃんと帰りたくなったのが不思議でしょうがない。あと、やはり家が恋しくなってしまうのが悔しい。帰りの夜行バスは行きの4列シートとは違って、3列シートの少しゆったりしたバスだったのに、今回の出来事を振り返っていたら、どれも少し奇妙に思えて寒気がして眠れなかった。時々、マリヤが左目の眼帯を外して見せてきたのも怖かった。

朝になって、大阪に着き、どっぷりと朝日を浴びたらとても気持ちがよく、空気も美味しく感じた。カラッとした威勢のある空気。4日ぶりに乗る阪急電車のシートの緑は、私とマリヤが着ているコートがすんなり負けるほど、良い緑だった。お互い、意地でもまた行きたいね、とは言わなかった。